最近、このテーマについて改めて書きたいと思うきっかけが、立て続けに2つありました。
ひとつは、ある記事のピアレビューを頼まれたときのこと。明らかに全文AIが書いたもので、チェックも編集もされないまま、本人の成果物として提出されていました。ほぼ同じ時期に参加したワークショップでは、登壇者がたったひとつのプロンプトから生成した内容を、そのまま聴衆に説明していました。実体験の裏付けもなければ、内容が正しいかどうかの検証もありません。
私はそのワークショップを途中で退出しました。彼らは見込み客をひとり失ったわけです。
引っかかったのは、AIを使ったことではありません。私自身、AIは毎日使っています。引っかかったのは、そこに「本人」が不在だったことです。判断がない。視点がない。自分が発表する内容について、本人が考えた形跡がないのです。
AI活用の落とし穴
実体験に裏打ちされた本物の経験を持つ人が少数派になり、AIの出力を検証もせずに「自分の専門性」として発表する人が多数派になる。そんな未来が来ないか、私は心配しています。
もし私が今キャリアをスタートするなら、まず身につけたいのは「何が“極上”なのかを見分ける力」です。及第点でも、見栄えの良さでもなく、本物。それは実際に経験を積み重ねた人にしか出せないもので、パターンの模倣からは生まれません。
どうプロンプトを工夫しても、AIの出力がどこか似通ってしまうのには理由があります。Oxford Academicに最近掲載された研究でも、多くの人がAIをクリエイティブな作業に使うと、アウトプットが限られた同じようなアイデアに収束していくことが確認されています。全員がAIに語らせれば、全員が同じ声になっていくのです。
AIに力をもらう人と、「そこそこ」で終わる人の違い
生成AIのおかげで人生が変わった、という人にも数多く出会ってきました。あるリーダーはチームの力を引き出して想定以上の成果を出し、メンバーの自走を促し、ビジネスに目に見える価値をもたらすようになりました。個人レベルでも、新しい言語を習得した人、人前で話すのが上手になった人、自分の創造性を表現できるようになった人がいます。AIで本当に人生が変わった人たちには、共通点がひとつありました。全員が、泥臭い試行錯誤の時期をくぐり抜けているのです。
AIがあってもなくても、何かを極めたいなら、「良いものとそうでないものの違い」と「良いものを作るために必要な仕事量」を知っている必要があります。AIは「良さそうに見えるもの」を作るのが非常に得意です。表面上は洗練されていて、プロフェッショナルに聞こえる。特に自分が詳しくない分野をAIに任せた場合は、その出来栄えに感動し、目的を達成した気になってしまいます。本当の品質がわかる人が見れば、すぐに見抜かれてしまうのですが。
AIは、すでに自分の中にあるもの、つまり知識、判断力、視点を増幅するために使いましょう。まだ持っていないなら、AIに導いてもらうのも良い。ただし、AIとの対話だけで完結させないこと。経験者から学び、実例から学び、現実の経験から学んでください。
GetItDoneWith.AIは、中小企業の経営者やリーダーがAIで組織を変えるための最初の一歩を支援しています。私たちがリーダーの皆様と一緒に答えを出す問いは、「どのAIツールを使うべきか」ではありません。「AIが自力では持ち得ないものを、私たちは何を持ち込めるのか」です。
本当の変革は、そこから始まります。

